リュードルフィア特許事務所は、お客様一人一人に親身になって接することをモットーにしている特許事務所です。

ニュースレターNo.5 「経時変化する成分 判例解説」

<概要>

今回は、判例、平成9年(ワ)第938号 損害賠償等請求事件について検討してみました。
この事件は、芳香性液体漂白剤組成物に関するものです。原告である特許権者が、被告製品 (家庭用かび取り剤) の製造販売が原告特許権を侵害するとして損害賠償等を求めたものです。
原告特許権 (特許第991692号) の特許請求の範囲は下記の通りです。
「(1) アニゾール、ベンゾフェノン、ベンジルフェニルエーテル、ブロメリア、セドレニルアセテート、p‐ターシャリーブチルシクロヘキサノール、ジメチルベンジルカルビニルアセテート、ジヒドロタービニルアセテート、ジフェニルオキサイド、ジメチルベンジルカルビノール、ジメチルフェニルエチルカルビノール、ジヒドロターピネオール、フェンチルアセテート、フェンチルアルコール、p‐メチルジメチルベンジルカルビノール、メチルフェニルカルビニルアセテート、メンチル‐n‐バリレート、ムスクモスケン、ムスカローム、メチルアミルケトン、フェニルエチルジメチルカルビニルアセテート、ローズフェノン、スチラリルプロピオネート、テトラヒドロムグオール、テトラヒドロムギルアセテート、テトラヒドロリナロール、テトラヒドロリナリルアセテート、ベルドール、ベルベトン、ベルドックス、コニフェラン、ヤラヤラから成る群から選ばれた一種又は二種以上の単体香料あるいは配合香料と
 (2) 次亜塩素酸ナトリウム水溶液に安定に溶解する界面活性剤を含有することを特徴とする
 (3) 次亜塩素酸ナトリウムを有効成分とする芳香性液体漂白剤組成物。」
争点は、被告製品が、本件特許発明の上記構成要件(1)を充足するか、特に、
(a) 構成要件(1)は、特許請求の範囲に記載された香料のみから構成される場合に限定され、特許請求の範囲に記載された香料とそれ以外の香料との組合せを含まないか、
(b) 被告が製造時に配合する香気性化合物が「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」であり、「ジメチルベンジルカルビノール」は、その後、「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」が変化したものである故に、構成要件(1)の充足が妨げられるか、
(c) 被告製品に含有されている「ジメチルベンジルカルビノール」 (ジメチルベンジルカルビニルイソブチレートが変化して生成したもの) の量が微少である故に、被告製品が構成要件(1)を充足しないと言えるか
と言う点にありました。他にも争点はありましたが、ここでは省略致します。

A. 被告の主張の要点は下記の通りです。

(i) 争点(a)について
特許請求の範囲には、そこに列挙された31種類の香料「から成る群から選ばれた一種又は二種以上の単体香料あるいは配合香料」と記載されている。該文言によれば、香料に関して、本特許発明の技術的範囲は、該31種類の香料から一種又は数種を選んだ香料のみから構成される場合に限られる。被告製品には、該31種類の香料以外の香料も多数添加されている。

(ii) 争点(b)について
特許請求の範囲に記載された香料「ジメチルベンジルカルビニルアセテート」及び「メチルフェニルカルビニルアセテート」が短期間に他の物質に変化することは公知の事実である。これらの香料が経時変化により存在しなくなるにもかかわらず特許請求の範囲に記載されていると言うことは、本特許発明は、その製造時に、特許請求の範囲に記載された香料を添加することが要件である。

(iii) 争点(c)について
被告製品中に存在する「ジメチルベンジルカルビノール」の量では、次亜塩素酸ナトリウムの臭気を除去すると言う目的を達成するだけの効果はない。
本特許権に係る明細書には、香料成分の使用量として「0.001重量%以下では塩素臭を十分にマスクできない」ことが明記されている。実施例における各香料の使用料が0.001重量%を超えていることから、各香料の使用量が該割合以下の場合には、本特許発明の技術的範囲外である。被告製品中の「ジメチルベンジルカルビノール」は0.000678重量%(製造の28日後)であり、0.001重量%以下である。

B. 原告の主張は重複するので省略します。

C. 裁判所の判断の要点は下記の通りです。

(i) 争点(a)に対する判断
特許請求の範囲には、そこに記載された31種類の香料「から成る群から選ばれた一種又は二種以上の単体香料あるいは配合香料と次亜塩素酸ナトリウム水溶液に安定に溶解する界面活性剤を含有することを特徴とする・・・芳香性液体漂白剤組成物」と記載されている。ここで、「含有する」とは、当該成分を含んでいることが必要であり、かつ、特許発明の要件を満たすためにはそれで足りると言う意味であって、それ以外の成分が含有されている場合を排除する意味ではない。発明の詳細な説明の欄にも、上記香料以外の香料を使用し得ることが記載されている。
従って、特許請求の範囲に記載された香料だけから成る場合に限定されると言うことはできない。

(ii) 争点(b)に対する判断
本特許発明は、芳香性液体漂白剤組成物と言う物の発明であって、その製造方法には何らの限定もない。故に、特許請求の範囲に記載された香料を当初から添加する場合だけではなく、当該香料が製造後使用時までの間に含有されるように、当該香料を生成させる別の香料を製造時に添加する場合も、その技術的範囲に属するものと言うべきである。加えて、被告製品は、需要者による使用時までの間に「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」のかなりの部分が「ジメチルベンジルカルビノール」に変化していると認められる。
従って、被告製品は、製造時には構成要件(1)に記載された香料のいずれをも含有するものではないが、経時変化により必然的に「ジメチルベンジルカルビノール」を含有することになる故に、被告製品を製造する行為は、本特許発明を実施する行為に該当すると言うべきである。

(iii) 争点(c)に対する判断
特許請求の範囲には、香料の含有量については何らの数値的限定も付されていない。故に、記載されている香料が含有されていれば、その量の如何にかかわらず、構成要件(1)を充足すると解される。
発明の詳細な説明の欄には、「香料成分の使用量は・・・一般的には組成物中に0.001〜1.0重量%添加するのが好ましい」と記載されている。被告は該記載を根拠に、特許請求の範囲に記載された香料の夫々が単独で該割合で含有されていることを要すると主張する。しかし、「好ましい」は望ましい実施態様を掲げたものと解される。また、「香料成分の使用量は」と言う記述からは、本特許発明の芳香性液体漂白剤組成物に含有された香料成分の使用量、即ち、これが複数の香料が配合されて成る場合にはその全体の量を示すと解すべきである。
従って、特許請求の範囲に何ら数値限定が付されていない以上、発明の詳細な説明の上記記載を根拠に、各香料の量が0.001重量%以下の場合には構成要件(1)を充足しないとは言えない。また、被告製品は、次亜塩素酸ナトリウムの臭気を除去すると言う目的を達成していると解される。

裁判所は、以上のように述べて、被告の主張を棄却しています。

D. 検討

(i) 上記争点(a)、(b)及び(c)のうち、被告が、最も反論したかった争点は何だったのでしょうか。

被告は被告製品を販売するに当って、原告特許権の存在を認識していたのでしょうか。認識していた故に、「ジメチルベンジルカルビノール」を添加するのではなく、わざわざ「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」を添加したのでしょうか。もし、認識していたなら、原告特許権を侵害するか否かについて十分に検討したはずです。そして、「ジメチルベンジルカルビニルイソブチレート」を添加し、かつその配合量が少なければ、原告特許権の技術的範囲外になると判断したのではないかと思うのです。従って、本来、反論の中心は争点(b)及び(c)、とりわけ争点(c)にあったと推定され、故に、それに関して集中的に反論すべきであったのではないかと思います。

しかし、判決文を見る限りでは、いずれの争点についても、ほぼ同様の力配分で反論しているように思われます。また、争点(a)、(b)及び(c)に関するいずれの反論をみても、被告の反論は、およそ無理な理論と思われ、余りにも弱いように感じます。強い反論がなかったために、無理を承知で反論したようにも思われます。被告が、原告特許権を見逃していたと言う可能性も否定はできません。

争点(a)に関して、被告は、本特許発明の技術的範囲は、香料に関して特許請求の範囲に記載された香料のみから構成される場合に限られると主張しています。しかし、発明の詳細な説明に他の香料を含め得ることが記載されていないのならまだしも、これは余りにも無理な議論であると考えます。「含有する」の解釈は、まさに裁判所の判断の示す通りと考えます。

争点(b)に関して、被告は、特許請求の範囲に記載された特定の香料は、短期間のうちに他の物質に変化して、その効果を失ってしまう。従って、本特許発明は、その製造時に、特許請求の範囲に記載された香料を含有することが要件であると主張しています。即ち、特許請求の範囲に記載された31種類の香料の全てが、発明の効果を奏するのは、製造時以外にはあり得ないと言う理論に基づいているものと考えられます。

しかし、この主張は、裁判所によりあっさりと否定されています。本特許発明は物の発明であり、記載された香料がその製造時に添加されなければならないとする理由はなく、被告の主張は弱いと思われます。販売時又は使用時に、記載された香料を含んでいれば、その効果を達成し得るはずです。従って、販売時又は使用時に、記載された香料を含んでいるか否かで判断するのが妥当と考えます。

ここで、注意すべきことがあります。本特許発明の特許請求の範囲には「含有する」と記載されていると言うことです。「含有する」 (「含む」) に替えて、例えば、「含める」とか、「含めて成る」とか言う文言を使用していたら、結果は変わっていたかもしれません。何故ならば、「含める」とか、「含めて成る」とか言う文言には動作が入るからです。即ち、「特許請求の範囲に記載された香料を含めることが特徴」と言うことになります。従って、製造時に含めると解釈される可能性が大なのです。被告製品は、特許請求の範囲に記載された香料を含めている訳ではありません。これからもお分かりになるように、文言と言うのは些細なことでも非常に重要なので注意が必要です。とりわけ、特許請求の範囲の文言に関しては注意が必要です。

争点(c)に関して、被告は、明細書に記載された香料成分の使用量を根拠に争っています。しかし、この記載はあくまでも好ましい範囲を記載したものであり、その範囲に限定されるものではなく、裁判所の判断は正しいと考えます。

(ii) 私見では、明細書の記載不備を問題にして反論し、かつ明細書の記載不備を理由に無効審判を請求した方が良かったのではないかと考えます。

構成要件(1)は、香料の含有量について何らの限定もありません。香料の効果から鑑みて、香料をたくさん加えれば、一般的に、塩素臭をマスクすると言う本発明の効果を達成し得ることは、誰が見ても明らかです。しかし、香料含有量が少ないところ、例えば、被告製品のジメチルベンジルカルビノール含有量である0.001重量%程度で、塩素臭をマスクすると言う本発明の効果を達成し得るか否かと言うことは、本件特許出願時に明らかだったと言えるのでしょうか。この点に関しては、本特許明細書から不明であると思います。従って、この点を問題にして、サポート要件違反に関する記載不備を指摘した方が良かったのではないかと考えます。従来、サポート要件違反は、現在ほど厳格ではありませんでした。しかし、記載不備を理由に無効審判を請求すれば、相当の効果があったのではないかと考えます。

特許明細書中には、香料成分の使用量について「香料成分の使用量は用途、使用条件等によって適宜決定できるが、一般的には組成物中に0.001〜1.0重量%添加するのが好ましい」と記載されています。しかし、この量は、裁判所の判断では、組成物中に含まれる香料全体 (構成要件(1)の香料以外の香料も含む) の含有量です。この判断に争いの余地がない訳ではありませんが、裁判所の判断を正しいとするなら、この数値は、構成要件(1)の香料の配合量とは異なります。従って、この数値を根拠に、構成要件(1)の香料の配合量を限定することはできません。

特許明細書の実施例において、構成要件(1)に記載された香料の配合量を検討すると、実施例1 では単体香料0.5重量%、実施例2 では配合香料0.6重量%、実施例3では配合香料0.16重量% (シオネールは本特許発明の香料ではないので除外した) 、実施例4では配合香料0.375重量% (ムスクアンブレットは本特許発明の香料ではないので除外した) 、及び実施例5では配合香料0.16重量% (カンファーは本特許発明の香料ではないので除外した) である。従って、構成要件(1)の香料の配合量を限定する根拠となる数値は、上限が0.6重量%であり、下限が0.16重量%である。

本特許発明の効果が、構成要件(1)の香料のあらゆる配合量で達成されるとは到底考えられない。とりわけ、配合量の少ないところでは疑問がある。この点に関して、本特許発明の明細書では、配合量の少ないところ、とりわけ、香料含有量0.001重量%程度で本発明の効果が達成されることについての立証は何もされていない。従って、この点に関して争った方がより効果的ではなかったのかと考える。たとえ、発明の詳細な説明に記載された香料含有量の最小値である0.001重量%により特許請求の範囲を限定し得たとしても、被告製品中の「ジメチルベンジルカルビノール」は0.000678重量%であった故に争いの余地は十分にあったであろう。

本特許権に対して、被告は無効審判を請求しているが、進歩性に関するもののみであり、記載不備については何ら言及していない。構成要件(1)の香料の含有量の下限を限定するような訂正を特許権者がしなければならないことになれば、被告は本特許権の侵害を免れることができたかもしれない。

一方、原告特許権は、構成要件(1)の香料及び構成要件(2)の界面活性剤を含有することを特徴としている。従って、これらの含有量に関して、発明の詳細な説明中に、その量がより明確に分かるように記載するべきであったと考える。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/indexj.htm) 最下段の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、経過情報検索から1の番号照会に入り、番号種別に登録番号を選択して、照会番号991692を入力して検索実行すれば、本特許権に関する経過情報及び公報等を入手することができます。

以 上

お問合せはこちらから!!

リュードルフィア特許事務所「業務内容」のページに戻る

リュードルフィア特許事務所のトップページに戻る



リュードルフィア特許事務所は化学関係を主体とした特許事務所です。